2020年3月6日金曜日

旅 東アフリカ 02

Day 2 (2019/12/26):サファリ1日目


6時起床。外は大雨で真っ暗。びちゃびちゃの中庭で、律儀に朝食が用意されている。料理が濡れないように、盛り付けるときだけスタッフが蓋を開けてくれる。丁寧だけど、ここまでするなら部屋の中にすればいいのにと思う。アフリカには、妙に律儀なところがある。

1日目は滝を見にいって、2日目は午前にゲームサファリ、午後はボートサファリ、3日目の午前は軽くゲームサファリをする、というのが、レッドチリのサファリツアーの規定のスケジュール。

大雨だし、国立公園に早く着いても今日は滝を見るだけだし、と思ってゆっくり出ることにして、ドライバーの迎えは8時に頼んでいた。ところがドライバーは7時半には到着していて、8時過ぎに出ていくと、遅い!という。

その時点ではわからなかったのだが、もしもっと早くに出ていたら、1日目の夕方に1回目のゲームサファリに行けたそうだ。そうすると、2日目のボートサファリを片道だけにして、滝までハイキングして、そのまま滝を見て、3日目は朝ちょっとゆっくりして早く帰ってくる、というプランが可能だったようだ。

いま思うと、このプランは合理的で、移動距離が少ないし、朝だけでなく夕方のサファリが楽しめる。1日目・2日目のサファリがうまくいかなければ3日目にさらに追加することもできる。もし同じようにカンパラからマーチソン国立公園2泊3日ルートを試みる人があれば、早起きしてこのプランに挑戦してみてほしい。

大雨の中を意外にスムーズに車は走る。道はところどころ川、どころか、滝のようになっている。


めちゃ高いけどおいしいコーヒーがあるけど飲んでいく?といわれて寄ったコーヒースタンド。ウガンダ産のコーヒー。7000シリング(230円)。運転手氏のぶんと2つ購入。ローストが深くて抽出の薄いスタバ的な味。なごむ。


国立公園に近い街、マシンディへ。道路脇に見える景色はアフリカ。赤土。小間物屋。その前でくつろぐ人々。角のある牛。羊。それを追う牧童。草づくりの小屋。写真が撮りたかったら止めるから言ってくれとドライバー氏にいわれるが、あっと思ったら通り過ぎていて、なかなか戻ってくれともいえない。着いたばかりで何を見ても珍しすぎて、撮りたくなるものはあまりにも細かすぎて、それがあとで登場するものなのか、ここにしかないものなのかもわからなくて。結局写真はほとんどあきらめて、ただただ窓の外を眺めて初めてのアフリカの景色を摂取していた。




ロードサイドで、ウガンダ旅行者に人気の牛肉の串焼き。2,000シリング。たしかに、おいしい。中国の羊肉串のようにスパイスを効かせるのではなく、ほとんど塩だけというような素朴な味で、肉は見た目ほど固くはない。


マシンディには刑務所があって、派手な囚人服の人が農場で働いていた。

ツーリスト向けのレストランで昼食。ウガンダっぽいものを食べてみようと、ヤギのシチュー。主食はフライドポテトとポショを注文。24,000シリング。これも昨日と同じような優しい味。ヤギ肉には心配したクセはまったくない。肉は食べにくいので、ダシガラと割り切ることにした。

マシンディを出て、ほどなく、舗装のない赤土の道に入る。このあたりは電線があるけど、これはフェイクで、電気は来てないのだとドライバー氏。水道もなくて、ときどき井戸があって、そこで組んだ水をポリタンクにいれて自転車に乗せて、あるいは頭に乗せて運んでいる。人々の顔は明るい。



国立公園の入り口に到着。入場料の80ドルを払う。ドライバー氏はしょっちゅう来ているそうで国立公園のスタッフと仲が良い。今回はドライバー氏がガイドも兼ねるとのこと。

ほどなく動物登場。バブーン(baboon)と呼ばれるヒヒ。


1時間半ほど走って、滝のてっぺんへ。あまり滝に興味がないほうだけれど、行った人がみんなすごいすごいと書いていて、どんなものかとおもっていた。たしかに、すごい。高さはそんなにないのだけど、大量の水が岩に叩きつけられてはしぶきがあがり、飛沫が細かくなって空気に漂って虹がかかる。展望台から見下ろしていても身体が濡れる。岩なんかすぐに削れて無くなってしまうのではないかと思うほど。いろんな滝を見たけれど、こんなに荒れ狂ってる滝は初めてかもしれない。雨の後だったからかもしれない。


キャンプサイトに到着。格安サファリとたかをくくっていたが、案外ちゃんとしている。明るいスタッフから、わかりやすい英語で注意事項を聞く。食べ物を持って歩くとバブーンに襲われるとか、夜にカバに出くわしたらどうするかとか。今回の滞在中はイボイノシシにもカバにも会わなかった。夕食のメニューも選べる。充電もできる。



基本料金の場合はテントになるが、追加料金を払ってロッジにしてみた。思ったよりおしゃれで快適。ウガンダの国立公園はマラリアのリスクが高い地域。ドアに窓に部屋の四方に、結界を張るようにおすだけベープを吹きつけた。シャワーは水だが、日があるうちに浴びたのであまり気にならなかった。

夕食。クリスマスのスペシャルメニューのローストチキン。それに大量のマッシュポテト。おいしい。ドライバー氏はチャパティだけ焼いてもらって食べていた。食後は焚き火とホタルを眺めてコーヒー。サバイバル生活と思っていたが、ほとんど不便を感じなくて、むしろ快適。ヨーロッパから家族で来ている人が多い。



蚊帳に入って、8時に就寝。夜は部屋の電気が止まる。扇風機も止まるが、暑くて眠れないということも(ぎりぎり)なかった。







2020年2月13日木曜日

旅 東アフリカ 01

初めてアフリカに行ってきた。アフリカ旅行も、他の海外旅行と同じように、時間を確保して航空券を買ってホテルを予約して、あとは予防接種とかビザとか多少の面倒はあるにしても、行ってしまえばふつうに行ける。

とはいえ、やっぱり情報が少ない。2020年現在、日本語の最新のガイドブックは4年前のものだ。出発前にフォートラベルも個人のブログも、世界一周旅行者たちのブログも、何度も読んだ。旅先で会う日本人たちもみんなそうで、全員が全ブログを全部読んでるのではないかと思うほどだった。

行くとなると相当しょうもないことでも役に立つもので、たとえば「この場所はくつろげそうかどうか」がわかるだけで、あそこにいったらあのくらいくつろげるんだな、みたいな心構えができて、それだけでも旅が少し快適になったりする。

だから今回は、とりとめなく、旅のことをただただ書いてみようと思う。もし何かが誰かの役に立つことがあればうれしい。

Day 1 (2019/12/25): 東京→アジスアベバ→カンパラ


クリスマスイブの夜に、エチオピア航空で成田を出発。ゲートで搭乗前に名前を呼ばれる。予期せぬアップグレードでビジネスクラスに。席はフルフラットではなくライフラット、このタイプの席は初めて。オープンなので、前に乗ったエアカナダのようなおこもり感はなく、横になれる深夜バスの座席。とはいえ、ありがたい。修行の功徳か。



食事。東京を出たときと、

ソウルを出たときと、



同じボリュームの同じようなメニューの機内食が2回出る。2回めは夜中2時に…。サーモンはとても美味しい。元宗主国のイタリアの影響か、ときどき奥の深い美味しさがある。(と、このときは思っていたけれど、帰路のエコノミーの食事を経た今となっては褒めすぎと感じる。)

隣は、航空マニアのケニア人氏。完璧すぎる日本語を話し、ふるさと納税では何を頼むのがいいですかね~とか日本になじみすぎている。おもしろいけど身体に比例して声が大きく、周りの人からあの人うるさいから声を小さくさせてくれといわれて板挟みになって恐縮する。

朝食はパンケーキにしてみた。



ビジネスクラスの常で、あっという間にアジスアベバ到着。基本的人権のある人間が、長時間乗る飛行機としては、このくらいが標準であってほしいなどと思う。いつものエコノミークラスに戻ると、住めば都、と思うのだけども。


ターミナルに横付けしてるのに、なぜかボーディングブリッジは伸ばさない。この便の常連であるケニア人氏いわく、エチオピア航空はどんなに空いていても必ずバス移動で、意地でもブリッジを使わないのだとか。お客からすると圧倒的にブリッジが楽なのだけど…。

乗継時間は1時間。ふつうにターミナルを経由しても間に合いそうだが、バスに乗せられて次の飛行機へ直接移動。ナイロビ、モンバサ、ウィントフックなど、アフリカのいろんなところへ行く人がいる。隣の席に乗り合わせたご婦人は、日本からのツアーでコートジボワールのアビジャンへ行かれるとか。エチオピア航空は日本や韓国からアフリカへの数少ない直行便で、南・東・西・北のどのアフリカに行くにも最適ルートのひとつ。アジスアベバは見事にハブとして機能している。

次の飛行機に乗り込む。身体を伸ばす間もトイレに行く間もないのはちょっとつらい。日本発の便を出て、現地発の便に乗り継ぐと、完全にアウェイになる。とくにここはアフリカなので、周りの人がみんなアフリカ人になって、海外に来ているのだ、気を引き締めなければ、と思う。

2時間半ほどのフライトで、エンテベ空港に到着。eVisaを申請してあるので入国審査は他の国と同じ。殺風景な空港で、WiFiも飛んでいない。SIMを売っている売店には人がいない。ATMは使える。タクシーは、はじめ20万だか15万だかいわれたが、相場とされている10万シリングを言ってみたらあっさりとOKになった。旅の両替はATM派。ATMで使うのは、その道で有名なセディナカード。現地ATM手数料はちゃんと無料だった。

ついでにネットは現地SIM派。今回はeSIMに初挑戦。あの小さなnanoSIMをなくさないかと怯えながら抜き差ししないでいいので便利。eSIMのアクティベートには、スマートフォンのカメラでQRコードを読み取る必要がある、つまり、使いたいスマートフォン以外のものにQRコードをダウンロードしておく必要がある。端末複数台持ちが前提というのはハードル高い気がするけど、もう世界はそういうものなのだろうか。自分の場合はMacBookをもっていくので、そちらにAirDropでスクリーンショットをコピーして、無事にアクティベートできた。まあまあつながるが、ときどき途切れる。SIMのせいなのかはわからない。ウガンダの場合、電気もときどき途切れるようなので、ネットが途切れるのも不思議はない。eSIMはどこのキャリアがどこの国に対応しているか探すのが大変なので、検索サイトesimdbが便利。ウガンダではAiraloを使った。

タクシーの運ちゃん、市内についてから結構遠かったからもう数万シリングほしいとか言ってる気がしたけれど笑ってスルー。〔シャングリ・ラ〕に到着。シャングリ・ラに3000円で泊まれて幸福、といいたいとこだがおそらく名前だけで関係はないホテルだろう。丘の上にあって、思ったよりもアクセスは良くない。どこにいくにもボダボダに乗らないといけない。夜は人通りがないのでちょっと歩けない。ただまあ、車なりバイクなりに乗ればすむことではある。この街ではどこに泊まるのが便利なのか、結局よくわからなかった。

部屋は古いけれど、手入れされた味があって、大きなバスタブもついていた。このホテルは宿泊客はランドリー無料という太っ腹なサービスがあって、試してみたかったが、朝に出して夕方に上がるというスケジュールに合わなかった。

少し部屋で休んだあと、市内探索へ。緊張して歩き出したが、大丈夫そうだ。

オールド・タクシーパークと、ナカセーロ市場へ。カンパラのダウンタウンのこのあたりはあまりがらの良くない所とされていて、人が多くてガサガサしている感じではあるけれど、凶悪だったり殺風景だったりではなかった。どこにいっても、とにかく目立つ。ハウアーユー、チャイナ!と声をかけられる。ほっとけばいいのにノー・チャイナ!と笑顔で返すのが旅の最後まで挨拶代わりになっていた。

現地で働いていた友人に、ウガンダのパイナップルはそれはもう美味しいものだと聞いていた。ナカセロ市場でパイナップルを売っていた。気がついたら買っていた。ウガンダで初めての買い物。大きなお札をよくわからないまま出して、適当にお釣りをもらう。食べてみると、なるほど甘い、決して酸っぱくないわけではないけれども口が痛くなるようなことはなくてひたすらジューシーで、香り高い。ウガンダのパイナップルには芯という概念は無いので、スライスするとドーナツ型ではなく円盤型になる。


おいしいパイナップルといえば、台北でごはんをごちそうしてくれた紳士を思い出す。台湾の仕事をするうちに、台湾が好きになって移住したそうだ。紳士いわく、台湾の生活で何がいいかって、フルーツが美味しいことですよ、マンゴーもライチもいいけれど、私はパイナップルですね、日本で食べるのとは全く別物、あの季節になってきたときの、芯まで甘いのがたまらない、しかも信じられないほど安い、夜に屋台で売ってるのをまるごと買って、冷蔵庫で冷やしておいて、毎朝食べるんです、と。その話を聞いてから、自分の中でパイナップルは、外国にいて自由であることの喜びと結びついている。

ナカセロ市場では、地べたに物を広げて売っている。日本でも卸売市場では地べただし特に珍しいことでもないのかもしれないけれど、町中の駐車場みたいなところなので若干新鮮ではある。歩いているととにかく声をかけられる。声をかけられる写真は快く撮らせてもらえる。


ウガンダ名物の食用バナナ、マトケ。


ひとしきり歩いたあと、おもむろにボダボダ(バイクタクシー)に声をかけて乗ってみた。後部座席用のヘルメットはないのかと言うと運転手自身のものをかぶらせてくれた。

3000シル(90円)でウガンダ博物館へ。メリークリスマス!と迎えてくれた。先史時代から現在までのウガンダの歴史、生活文化の展示。展示はよくまとまっていて見やすい。客観的に陳列するというよりはテーマを伝えようとする、英米系の美術館らしいプレゼンテーション志向。

特設展でイディ・アミンの展示をしていた。ボクシングで東アフリカのヘビー級チャンピオンという肩書を持つ、ウガンダの元大統領。嗜虐的な大量殺戮で悪名高い、アフリカの独裁者の代名詞的な存在。その名は極東に伝わると、響きがかわいいということで、岡村孝子のユニット名「あみん」となった。

ひと通り見て帰りがけ、係員のおねいさんと立ち話。メリークリスマス、ハウアーユー?と挨拶したら、何がメリーなものか、世間はホリデーだっていうのに私はこんなところで労働で、子供の相手ばっかりさせられて、まったくロクでもないクリスマスだわ、と長い返事がかえってきた。裏に伝統的家屋の展示があるときいたけど、というと、ヒマだから連れて行ってあげる、とのことで案内してくれた。こんもりとした草作りの家。入口が狭くて中は暗い。そのあと色々なところで、この様式の家を見ることになる。東アフリカの原風景か。

足を伸ばして、マケレレ大学にいってみた。ウガンダで一番の名門で、東アフリカで最も歴史のある大学のひとつ。植民地時代は、ここにケニアやタンザニアから学生が集まっていたという。この場所に、旧ソ連のようなコスモポリタンな雰囲気というか、国境を超えたエリート層の連帯みたいなものがあったことを想像してみる。学内は普通にきれいだった。ハシビロコウだかハゲコウだか、歩いている状態で1メートル以上もあるバカみたいに大きな鳥がいた。木の枝がおれないのかと心配になるほどたくさんいて、東京のカラスのように傍若無人にごみをあさったり大声で鳴いたりしている。しゅっとしたスーツを着て歩く男がいた。世界で一番スーツが似合うのは黒人ではないかと思った。

ボダボダでアカシア・モールへ。市内中心部ではいちばんのショッピングモールだろうか。周りには人が全然いないのにここだけは新宿駅構内ぐらい人で溢れていて、歩くのにも苦労するほど。今どきのアフリカの都会らしい何かを感じられるかとあらぬ期待をしていたけれど、物販にしても飲食にしても、とくにどうというものは見あたらなかった。人が多くてスーパーに入る気もしない。


疲れた。カプチーノ(300円)を注文してとにかく座る。ケニアに本店のあるフランス風のカフェ。お腹も空いたけれど、あとでアフリカらしいものをちゃんと食べたいと思い、デニッシュだけにしておく。

信じられないほどの大雨が降ってきた。シャワーではなく、それこそバケツを引っくり返したような雨。止むまでは移動できそうにない。肌寒いカフェで過ごす。

その間、明日のサファリツアーの調整をする。ウガンダでバックパッカー向けのサファリツアーを開催しているレッドチリ社に申し込んでいたが、直前まで参加者が集まらず、もともと他にもう1人いて2人だったのが、前日になって結局キャンセルされて1人になって、ツアーは中止に。2日後にあるからそっちに参加してくれと言われたが、短い日程の旅でそこまで融通は効かない。あーサファリいけないかー、いくとしたら大枚はたいて個人で車を手配して大名サファリ、それを前日夕方の今から手配できるとは思えない。

憂鬱になっていたら、レッドチリから返事。行きたいなら車を手配できると。でもお高いんでしょう?と見積をたのんでみたら、思ったよりは安かった。少しおまけもしてくれて、ツアー料金の2倍弱。部屋はテントではなくロッジ、車はサファリ用の車両を手配してくれるという。この天井の開くのに乗ってみたかったのだ。OK!。

予定が決まって、ほっとした。雨がやんで、宿に帰る。このモールのあるアカシア通りというのがメインストリートのひとつとおもっていたが、実際のところはレストランがポツポツ建っているだけの道。道沿いのレストランは「ラウンジ」とかいてあって、バーやサウナもいっしょになっているスタイルで、どうもひとりでは入りにくい。宿のレストランは中華料理で、それもちょっと。トリップ・アドバイザーで店を検索して、ボダボダを飛ばしていってみたけれど、クリスマスで休み。あーあ、食難民。

仕方がないので、アカシア・モールにもう一度戻って、フードコートのアフリカ料理屋で食事(写真は照明ですごい色に…)。チキンのシチュー。主食はライスと、マトケ(食用バナナ)を茹でて潰したもの。ウガンダは主食の種類が多く、何種類か盛り合わせて食べるのも特徴だとか。チキンのシチューはスパイス控えめで野菜の甘さのある優しい味だった。値段は24,000シリング(700円)。現地の物価からすると、とっても高いけれど、フードコートは満員だった。

部屋に戻って、翌朝に備えて就寝。

2019年7月26日金曜日

to know what I love


プログラミングは開発の2割
http://key-sys.com/breakdown-of-development-process/
という記事を読んだ。まあそんなもんかなと調べたら、ソフトウェアメトリクス、というのがあった。おもしろい。
http://www.juas.or.jp/cms/media/2018/05/swm18_kh_ppt.pdf

そして、これがまとめたのがITシステム屋さんではなく、システムの購入者の団体であるというのが気になった。そしてその団体は経済産業省と縁が深いことにも。

買う人たちがなぜこんなに工数や工程を気にするのだろう。好きなものを好きな値段で作ってもらえばいいのに。

発注側が、ITの価値をわかっていなくて、システムの値段を自分でつけられない。そこで原価を覗きこもうとする。
工数にこだわり、工程を管理しようとする。

それはつまり素人が作り方を指示することになる。現場の士気は下がるし、技術は古いままになる、などなど、いろいろと、作る人は作りたいように作り、欲しい人が欲しいものを買う、普通の経済活動の世界では想像のつかないような残念なことがおこる。

王様が自分の望む料理を作らせているのでは、料理は一定程度を超えては発展せず、伝統形式に固執しがちになる。
オーダーメイドの服屋は往々にして何十年もダサいままになりがちだったりする。どちらも幸福な例外はあるけれど。

システムを買う側が、その価値に値段をつけられない、というような事態がおこるのは、自分たちの欲しいものが何であるかを知る練習、to know what I love の練習が足りないせいではないかと思った。

自分が何を好きかを知るのはとてもたいへんだ。プロスポーツ選手が自分の身体を思い通りに動かすのと同じくらいにたいへんなことだ。

でも、一定以上の効用、生存に必要という自明な選好を超えた効用は、そこからしか生まれない。自分が何を好きか、を育まない社会では、経済成長は頭打ちになる。

われ唯足るを知る、という言葉がある。それとこれとは微妙に違うような、けれども、読む人によっては同じ意味でもあるような気がする。