それが21世紀に入り、すでに「豊かな」生活は原罪ではなくなっているのではないかと感じている。もし人類が、現時点で持つ情報技術や自然エネルギー技術を最高に活かし、効率よく仲良く公平に行動できれば、地球人類の全員が「豊かな」生活をすることは、すでに可能であったりしないかと夢想する。
もちろんそんなユートピアは当面存在しない。「効率よく仲良く公平に行動する」ことの不可能性を改めて噛みしめることになる。ただ、問題の所在が、持続不可能性すなわち自然の制約から、非効率と不平等すなわち人間の愚かさ自体に変わることは、倫理ないし個人の価値体系に影響を及ぼすものと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿