2012年12月17日月曜日

インフレターゲット


インフレターゲットについて暗い思いで考えている。

何が起こるかは、ほとんど偶然に依存する(※注1)だろうけれど、うまくいった場合、おそらく政府が自由に使えるお金の量が増える。それは良い影響と悪い影響の両面がある。景気が良くなったように見えることも起こるかもしれない。もし国民にわかりにくい形で、資産課税を行いつつ、国債の累積債務残高を踏み倒すことができるなら、それは政府にとってはいい政策といえるのかもしれない。また、政府に近い人にとっては良い政策と感じられ、遠い人にとっては何が起こってるか気がつかないなら、全体としてはいい政策とされるかもしれない。副作用としてハイパーインフレが生じない限り。

しかし、それよりも政府が恣意的にマネーを弄ることへの嫌悪感が先に立つ(※注2)。インフレターゲットにどういう効果があるかはかなり複雑で、おそらく、その複雑さを政府は制御しきれない。原発がそうであったように。

とりあえずの結論としては、インフレターゲットは賛否両論あるけど、金融政策で実体経済をよくすることは基本的にはできないと思うし、かりにできてもタカが知れているし、どんな副作用があるかわからないので、やめたほうがいいと思う。


以下、自分はこの分野の専門家ではないし、中立的でもない(貨幣中立説寄り)と思うので、御斟酌を。

年2%程度のインフレターゲット政策を行ったとして、
ありそうな効果は、

  • 累積債務残高の減少:国債は固定金利がほとんど。つまり累積債務残高を年に2%ずつ踏み倒すのと似た効果があるのではないか。
  • 強制資産課税:年2%のインフレは年2%の金融資産課税に似た効果を持つ。いわゆるインフレ税。どのくらい似てるのかはよくわからない。諸説あると思う。
  • 強制国債引受:インフレ目標が自然に達成されない場合、日銀は市場に流動性を供給する(=俗にいう「お札を印刷する」)義務を課せられる。その手段としては、日銀が国債や政府機関債や米ドルや一流企業の株式や社債(以下「国債等」)を直接引受けるか、そうでないなら、日本の市中銀行に融資して、市中銀行が国債等を買う。いずれにせよ、日銀は発行した通貨(日銀にとっては負債)の反対勘定に、国債等か、国債等をたっぷり持った市中銀行への融資残高を持つことになる。


このことから、

  • 政府権限の増大:インフレ税(=国債消化額増加)により政府の歳入が増えるので政府の裁量範囲が拡大する。政府に近い立場にいる人間が得をする。もしかすると、より政府に近い位置を獲得するための競争が起こって、全体として人間の活動量が高くなるかもしれない。
  • 不確実性の増大:貨幣自体の価値が変動すると、政府・民間主体それぞれの損得が見えにくくなり、政策の公平性が評価困難になる。また、インフレ率と預金金利を考慮しながら資産移動を行う合理的な主体(投資銀行とか)にとっては問題ないが、そうでない家計や企業は損をする。みんな損をしたくないから情報を集めないといけなくなり、結果として、情報収集などの金融にまつわるコストが増加する。金融業界はそのぶんちょっと潤うかもしれない。


もしかするとあるのは、

  • 新規国債発行が困難になる:政府がインフレターゲット率にコミットできないなら、ターゲット率を恣意的に変動させる可能性があり、それを見越した投資家には変動利付債しか売れなくなるだろうから。つまり国債発行しやすくなる効果と、しにくくなる効果が両面ある、ような気がする。
  • 貨幣の信認低下:これまではお金を持っていればその価値はあまり変動しなかったのが、今後は政府の方針ひとつで変動するようになる。国債残高が増加したり、政府の財政規律が緩んだり、インフレ率を恣意的に操作できる可能性から、貨幣の信認が低下するかもしれない。そうなると、実際に国債デフォルトやハイパーインフレに至らない段階でも、貨幣が信用できないことによるコストが発生して(プットオプションを買ってリスクをヘッジせねばならなくなるなど)、社会全体として損失になる。
  • ハイパーインフレ:ターゲティングに失敗したとき、信認が低下したとき、売れない国債を無理やり売ろうとしたとき。ハイパーインフレのリスクはインフレターゲットによって高まるように見えるが、別に変わらないという立論も可能であるとは思う。


賛否両論あるのは、

  • デフレ脱却による経済活動の増大:お金ふえた(気がする)→モノ買う→会社もうかる→給料ふえる→ほんとにお金ふえる→もっとモノ買う、みたいな好循環が生まれ、デフレ・スパイラルによる経済の収縮を止めることができると主張する論者が多い。自分は否定派だけど、100%否定できる自信もない。


わからないのは、

  • インフレターゲットが実物資産の価値に影響するかどうか:インフレが純粋貨幣的な現象ならば、実物資産の額はそれにともなって上昇するだけのように思う。けど、貯蓄手段としての貨幣からの逃避や、インフレ率が変動するリスクも考えるとそれよりもさらに価値が高まるのかもしれない。逆に、金融資産を実物資産に移すだけでインフレ税が回避できるというのも奇妙な気がする。たぶん単にまだ自分の考えが足りない。
  • 金利の変化によってどの程度キャンセルされるか:もしいま金利が0.01%であるとして、2%のインフレをおこしたとき金利が2.01%になったとすれば、何も影響はなかったことになる(タンス預金してる人はこまるけど)。
  • どういう所得移転がおこるか:一見、金融資産を持ってる富裕層に資産課税をする一方で庶民にバラマキができるようにも見える。けど逆に、インフレ動向に応じて資産移動をしながら実物資産の値上がりを享受できる富裕層は影響ない一方で、国債を買うしか能のない市中銀行に普通預金を持つことしかできない庶民はしっかりインフレ税をとられる気もする。また、政府の財政支出によって利益を得る少数の者は厚く得をして、そうでない多数の者は薄く損をする。あるいは気がつかないうちに少し貧しくなる。
  • 為替変動の効果:インフレターゲットは日本円切り下げを意味するのだろうか。それなら、輸出企業が得をする一方で、輸入品を享受する消費者や、日本円の世界で働く人が損をするのだろうか。

こんなことに思いを巡らせた結果、まあ難しいことはしなさんな、と思った。

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※1 インフレ率のような貨幣的現象には「みんながそうなると信じればそうなる」という予想の自己実現性があり、本質的に何が起こるかわからないという問題がある(と、自分の知識の範囲からは考えている)。何が起こるかわからないというよりは、何が起こるかわからないということがわかっている、というほうが適切かもしれない。

※2 しかし、政府はこれまでもマネーを弄ってきたではないか?というと、それはそう。だけど、ゼロではないインフレターゲットを目指すことは、単に物価の安定を目指すよりも、社会全体のシステムを複雑にしてしまうのではないだろうか。

3 件のコメント:

  1. 拝読。相変わらず、すごい。

    ◎公共投資の有効性
    おもったんだけど、お金刷って公共事業やって仕事つくり出して、みたいなことってサステイナブルなのかな・・・じゃ、なんで誰もやらんかったんだろう?

    仕事ってそもそも、なんでもいいのか?

    亀山モデル(実は地域再生では、外発型モデルの典型と言われていたーいわゆる企業立地施策に基づく工場誘致)がたった5、6年しかもたなかったこの時代。

    とにかく5年、10年喰えればいい、・・・が、1年喰えればいいということにあれだけの額、投下して果たしてその必要性、効率性、有効性、公平性とかどうなんだろうか・・・

    てことをおもったのと・・・

    に加えて、

    ◎財政危機における金融政策の有効性
    財政政策と金融政策のことでよくわからないので教えてほしいんだけど、デフォルトな可能性が低いとはいえ、日本は借金王国じゃない?

    財政政策がもう手だてない、限界だからって、金融政策に手を出すようにみえるんだけど、でも金融政策の有効性って財政がダメな下でも発揮されるのかな。(財政危機における金融政策の無効化ってのを習ったことがある気がして!)

    あとは、インフレターゲットとか言って、そんな「的」みたいにポーンって2%!っていくものなの?かとか、いろいろある。

    5%とかに上がった場合、だいじょうぶなの?いろいろとか。

    なぞなことが多くて、まとまりないコメントでごめんね。

    おくってしまいます!

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  2. コメントどうもありがとう、すごくないよ、
    強面なリフレ論者たちと戦える気はあんまりしない。
    彼らはどうしてあんな確信ありげなのか。怖くないのかな。

    > お金刷って公共事業やって仕事つくり出して、
    > みたいなことってサステイナブルなのかな

    全然サステイナブルじゃないし、

    > 仕事ってそもそも、なんでもいいのか?

    ダメと思う。
    仕事ならなんでもいい、というのが諸悪の根源だと思う。

    実際お金がなくなると、
    個人レベルでは仕事の内容など何だって良くなる。
    それはけっして否定しない。
    でも公共レベルでそれをやるのは最低と思う。
    仕事の尊厳も破壊してると思う。

    > 金融政策の有効性って財政がダメな下でも発揮されるのかな

    おれは金融政策ほぼ無効という立場なので、
    財政がよいもダメもないのだけど、

    有効という立場の人からしたら…
    やはり財政とはあんまり関係ない気もするけど、よく知らないです。

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    1. > 仕事ならなんでもいい、というのが諸悪の根源だと思う。

      > 実際お金がなくなると、
      > 個人レベルでは仕事の内容など何だって良くなる。
      > それはけっして否定しない。
      > でも公共レベルでそれをやるのは最低と思う。
      > 仕事の尊厳も破壊してると思う。

      「雇用政策」は、グリーン、健康、医療とかが、これからの成長産業でそこに「産業政策」としても国のお金を投下するから、そこに「雇用」も生まれるよ!と言うのかもしれないけど、ここの信用がほとんどなぜかできない。

      信頼出来ない、信用出来ない理屈が今、ぱっと言えないが、直裁に、信用できない。

      政府資金の受け皿、受け手の問題。政府が政策、施策を、事務事業レベルに落とし込んだ時の、最後の・・・・お金の出し方、出す先、使い方のこと・・・が信用、信頼し難いのだろうか。。。

      いい会社はある。だけど、彼らはその政府資金をもらって、新規のプロジェクトをつくるだろうか。

      政府資金からのみのお金で回っている会社が新たな政府資金を得て、ほんとうにいいい雇用をつくるだろうか。

      とかとか。。。

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