2020年9月6日日曜日

20200905

好きな本を好きなように読みちらして、おもむろに銀座を散歩して服を見た。いい日。

銀座で昼食、ひさしぶりに〔むとう〕。牛肉をなんでもなく焼いたものが昔祖母の家で食べたもののようでおいしかった。パナマ帽で洒落た眼鏡のにこやかな紳士が入ってきて、銀座の旦那の風情でかっこよかった。1500円で背筋が伸びてお得だった。

服屋の店員さんと別のブランドの話で盛りあがり、そうなるとお買い上げしたくなり。ネットで見てたら売り切れてたサイズがリアルだとあったりして、ネットだけみてたらあかんのかなーと。ネット好きだけど。

会社法に社債管理者という制度がある話を聞いた。なにしろ面倒で、そんなのの詳細は、会社法でわざわざ決めるのではなく、抽象的なことだけ決めておくほうがいいのに、と思った。当局は、制度の細部まで法律で決めることのコストやリスクを軽く考えすぎている。君らが決めなくても、というか、決めさえしなければ、実務が効率的な形を作っていくだろうに。

小田嶋隆『上を向いてアルコール』読了。読み終わった後に買いたくなった。「酒をやめた男の気持ちを知りたかったら、翼をなくした鳥にきいたら教えてくれるとおもうよ」

アル中から脱却するというのは、酒がない人生をゼロから組み直すという作業で、その点がタバコよりもダイエットよりも難しいとか。4LDKの家の2部屋だけ使って暮らしているような心地がすると。

そういう、スタンスの取り直し、生き方の再構築、が、実は本質であるようなことは、たくさんある。いわゆる断捨離とか節約とかもまさにそうだし、勉強をするとか、ファッションを楽しむとか、なんだかんだいろいろそうだ。むしろ何でもそうなのかもしれない。

にもかかわらず、そういうことは、世間的にはもっと表層的、物質的な問題として扱われがちで、「ふくらはぎをもみなさい」みたいなしょうもない指針がたくさんあって、でもそういう単純な作業を遂行することに落としこみたい人もたくさんいる、とも、この本には書いてある。

何かに依存することは、自分自身であり続けることの重荷から逃れること。酒飲みの人は、酔っぱらいという自分を少しずらしたような別の人格を操って生きている。それに慣れている。

ほとんど飲めない身として言いたいことには、それができない人生というのはけっこう大変だ。酒が飲めなくて、職業もないと、自分自身であり続けないといけなくて、それはけっこうしんどいし、ときどき損をしてる感じすらする。他の人はキャラとか立場とかの殻があっていいな、こっちは剥き身なのになと。まあしっかりした殻があったらあったで、重かったりおさまりが悪かったりするんだろうけど。いまは薄い殻があって少し楽だ。

あと、文章の話。自分の文章力は、自分の文章に対する審美眼を上回ることはないので、文章を書くということは、自分の文章のまずさに耐えつづけることだ、と。しみた。

ルータが故障したかもと思って、メルカリで取り寄せて交換してみた。結果は良くなったような変わってないような。前のルータも設定ミスだったのかも知れない。

アイスティー。ティークリッパーのアールグレイを2つ、お湯200ccで10分出したあと、水を入れて1Lにして半日。 

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